2017年4月2日日曜日

花見はできなかったけど、考えさせられる番組を観ましたよ

こんばんは(^-^)

桜は靖国神社は満開のようですね。今日はきっと上野公園もかなり混んでいるんでしょうね。
結局花見は行けなかったけど、明日はちょっと早起きして立ち寄ろうかな。と思っていても結局いつもと同じ時間に起きる私なのですが、あなたは花見はできましたか?

桜の下でお酒は飲まなくても、満開の桜の木の下を歩いていると花のエネルギーをもらっている感じはしますよね。
上野公園は本当に人が多く変な雑念が出てきますが、以前目黒川沿いに住んでいた時に満開の桜の絨毯の下を歩いていると「花のエネルギーってすごいな」と感じながら花見を楽しみました。
そういった意味では、自然のエネルギーを感じる恒例行事なのかもしれないですね。最近は日本人だけでなく外国人もよく花見をしているし、自然に感動する心は万国共通なのかもしれませんね。


ところで昨年8月に録画したNHKスペシャルで『ふたりの贖罪(しょくざい) ~日本とアメリカ・憎しみを越えて~』を見ました。http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160815
太平洋戦争でお互いに闘った日米の両兵士が憎しみを乗り越え、それぞれの葛藤に悩む姿を取り上げていました。

ずっと私はどうして戦争が起きるんだろう?」「戦争を防ぐことができなかったの?」「憎しみはなくならないの?」と答えのない疑問を持ち続けています。

真珠湾攻撃で日本への憎しみを滾らせた米陸軍の爆撃手:ジェイコブ・ディシェイザーは捕虜として捕らえられ、シラミのわく独房で食事もろくに与えられず、尋問では暴力も振るわれたそうです。彼は「日本人が気が狂うほど憎くてならなかった」そうです。

ところが捕虜仲間が赤痢で亡くなり形ばかりの葬儀をすることになったそうです。日本人の看守の一人が南京中を探して聖書を彼に差し入れました。彼にとって初めての日本人の好意。彼はそれまで聖書をあまり読まなかったそうですが、その時は貪るように読み、ある一節でハッとさせられました。

神よ彼らを赦してください。
彼らは自分たちが何をしているのか分かっていないのです。

聖書での彼らとはキリストを磔にするローマ兵とユダヤ人のことですが、日本人も何をしているのか分かっていないのかもしれない、そうだ日本人への態度を変えてみようと彼は決めました。

そして看守に「オハヨウゴザイマス」と挨拶するなど、憎しみでなく愛情を示すことで相手の態度が変わり、ある看守はそっとサツマイモを差し入れたりしたそうです。

このことがきっかけで彼は戦後神学校へ通い、伝道師として家族と共に来日しました。この後もいろいろドラマがあるのですが割愛します。
私があなたに共有したかったのは、憎しみを生み出す行為をしていた人は自分が何もわかっていないと気付きそれを乗り越え愛情を示すことで相手の態度が変わるものなんですね。

ドラマや映画によくあるパターンですが、それを気付き、乗り越えること自体がどんなにすごいことか。
そして私は自分が何をしているか分かっている人になりたい、と思いました。

ところで日本兵士についても書いてみようと思います。
真珠湾攻撃隊の総指揮官、淵田美津雄はこの真珠湾攻撃の報告をするために天皇に謁見したことがあるそうです。大佐の身分でこれは異例中の異例だそうです。脇田は戦争の英雄でした。
しかし戦後、彼は戦争犯罪人として周囲から白い目で見られるようになりました。いけないと分かっていながら周囲への憎しみの心が湧き、苦しんだそうです。

価値観や考え方が戦中と戦後ではこうも変わるもの。でもそれを周囲は冷静に受け止められない。残酷だな、と思いました。でも私もその時代に生きていたら、白い目を投げかけた一人だったかもしれない...。

周囲に流されず、気付いている人になりたい――そう思いました。
そうは言っても正しいことって難しい。立場が変われば、考え方も変わるし。でも冷静で中立な考え方のできる人になりたいと思いました。

そう考えると正しく生きるって何でしょうね。
考えさせられる番組でした。

そろそろこの辺で。また来週。
おやすみなさい(^^)/